4月12日、滞在7日目。現在、北京。
国際交流基金の後井さんに北京のアートスペースを案内していただく。僕の人となりや、いま構想している企画に合わせた素晴らしい選択。流石。
最初に訪れたのは中国人民大学敷地内に位置するXia studio。この日は男性器の睾丸を安易にそれとは判断できないほどに拡大し、いち固有生物のように伸縮を繰り返す模様を映像展示していた。身体の所有者である我々の無意識下に日々おこなわれるその営みは、国家も同じくすべてがコントロールできるわけではないというメッセージ性を孕んでいる。この展示をキュレーションし、またXia studioのオーナーであるのがXia Yanguoだ。バイタリティー溢れる人で、上海や広州に移行してゆく中国アートにおいて、それでも北京で事を為すには理由があるという。政治性が強い土地であるが故に、作品も批評性豊かになる。その矜持をもって、彼は小さいながらも北京にスペースを構えて過激な展示をおこなっている。中国政府からの援助は受けず、展示に影響を受けないお金をファウンディングするように心掛けているとのことだったが、その金策はやはり大変そうだ。たまたま北川フラムさんもこのスペースを訪れ、はじめてすこしお話しした。
その後「北京の竹下通り」との異名を持つ南锣鼓巷を抜けて、Institute for provocationへ。ここは清朝期の建造物をアーティスト・イン・レジデンスに活用して、自身もアーティストであるSong Yiが運営している。かつては将軍の馬小屋であったというホワイトキューブも併設されており、3ヶ月もしくは6ヶ月間の滞在が可能という。Open callなどの制度は設けておらず、なにをやりたいのかを連絡し、互いの総意が得られれば滞在できる。この建築群しかりだが、界隈は再開発が進む上海では見られなくなったかつての中国の面影を残しており、それだけ表現を生み出せる隙間が地域内にある。
こうしたスペースをめぐる内に、上海で聞いていた北京のアートに対するイメージは覆されていた。そもそも北京と上海とで「ここには負けない」という意識はあるらしいが、いわばアーティストは魚のようなもので、上流域の澄んだ水に住めるアーティストもいれば、下流域の他者からの影響を受けた水でこそ力を発揮出来るアーティストもいる。どこに住まいどう創作するかはアーティストのステイトメントであり、その移動性だけを取るならば東京一極集中から各地に分散しつつある日本のアーティストとも近い現状にあると思える。